December 2019

大人だからできる英語学習法

英語の学習、教材以外に何に触れていますか? 今回は、大人だからこそできるオススメ英語学習法をご紹介します。 読書をする人なら誰でもできる方法です。それは日本語に翻訳された一般の本を使って行う方法です。 日本には、日本語に訳された本が多数存在します。その数は、世界で一番多いとも言われています。思えば、日本は漢文にレ点などをつけるなど、古代より外国の書物を翻訳してきた長〜い歴史と独特のテクノロジーがあります。ある国の考古学者が、日本の漢文解読の軌跡を見て「こりゃ凄い!」と驚かれたそうですよ。 その後も日本は、国を守る為に鎖国をしつつも、他国に遅れを取らない為に、中国、ポルトガル、オランダ、ドイツ、イギリス、アメリカ等、その時その分野の先進国から、積極的に情報を得る努力をし、翻訳技術をどんどん発達させてきたんですね。 島国らしい逞しいチャレンジです。今、日本の英和辞典のレベルは世界最高水準だと言われていますが、こうした先人たちの努力のおかげなんですね。 あらためて辞書を眺めてみると、有難い日本の財産だと感じます。どんどんデジタル化されていくこれからの時代だからこそ、このような感覚が薄れていかないようにしたいものです。 このように考えると、日本の英語教育が、読み書きや翻訳が中心になっていったことに納得できます。 だとすれば、翻訳本は日本の財産です。これを有効活用しない手はありません。 日本でもベストセラーになった本 例えばちょっと古い著書にはなりますが、、、 ●7つの習慣(スティーブン・R. コヴィー)●ビジョナリー・カンパニー(ジェームズ・C. コリンズ) この2冊なんかは、読まれている方も大変多いかと思います。 では、この2冊の原書のタイトル、つまり英語のタイトルはご存知ですか?それは、以下のようになっています。 ●The 7 Habits of Highly Effective People [→7つの習慣]●Built to Last [→ビジョナリー・カンパニー] 〜7つの習慣 〜The 7 Habits of Highly Effective People 先ず、「7つの習慣」ですが、タイトルからちょっと違いますよね。 例えば、日本語では「習慣」。英語では“Habits”。 「習慣」と言われると正直、怠け者の私なんかは「ちょっと大変そうだなー」と感じてしまいます。(^^; 「習慣」を英語にすると日本人的には“Routine”を思い浮かべますね。 でも、英語のタイトルは“Habits”。“Habits”は、日本人的には「癖(クセ)」と訳すことが多いですね? だから、タイトルは「7つの癖」とも訳せます。 でも、「7つの癖」だと語感的にカッコ良くないですよね? 日本語で「癖」というと少しネガティブなイメージがありますが、実は、英語の“Habits”は、そんなことはありません。 また、日本語でも「習慣」は、頭で決めて実行するイメージがありますが、「癖」というと頭で考えなくとも、カラダが勝手に動いてしまうというイメージがありますね。 だから、なんでも「癖」にしてしまうとラクということなんですね。 この “The 7 Habits”は、この「癖」の方の意味に近いです。 だから、“The 7 Habits of Highly Effective People”は、“Highly […]

スゴイ日本人をつくっていた江戸時代

今、私たちの国、日本には、整った教育システムがあります。 保育所、幼稚園からはじまって、小学校、中学校、高校、大学。そして、さらに特別な何かを学びたいと思えば、Weのような語学スクールを含めた専門の学校も存在します。 これほど充実した教育環境なら、その気になれば「スゴイ人間」になれそうです。 でも例えば、江戸時代の終わり、開国、明治維新へと大変化を乗り越えた当時の日本人と比べて、この150年間で私たちは「スゴイ人間」になったと言えるでしょうか? 。。。。。。。。m(_ _)m ですよね。。。汗 今の様な教育制度がなかった江戸時代。でも、伊藤博文、福沢諭吉、坂本龍馬、吉田松陰、新渡戸稲造—etc.数えきれない程の「スゴイ人間」、「スゴイ日本人」が存在しました。 また、彼らのような偉人に限らず、一般の庶民も道徳心に優れ規範意識と誇り高い「スゴイ市民」だったことも有名です。 どのようにして彼らのような「スゴイ人間」が育まれたのでしょうか? その秘密がありました。実は、当時もこの国には、大変整った教育システムが存在していました。それは「スゴイ教育システム」でした。 その名は「寺子屋」。 耳慣れし過ぎて、そのスゴさがあまり知られていないのですが、先ず、何が「スゴイ」かと言いますと、その数です。「何校」あったでしょう? この「寺子屋」は、江戸時代の資料によれば全国で”11,754校” もありました。一説では、1万6千以上とも言われています。 これは、かつての駅前-全国展開の英会話スクールの数をはるかに上回ります。(^^) もちろん、現在の日本は、小学校だけでも2万校以上存在しますが、江戸時代の日本の総人口は、今の4分の1、約3,000万人です。 この時代、これだけ庶民に行き渡っていた「寺子屋」という教育システムは、「近代の日本人をつくつたシステム」だと言えます。 ちなみに、よく間違われますが、「寺子屋」は「寺”小”屋」ではありません。 「寺子屋」の「寺子」は、今の “Students” を意味します。 そんな「寺子屋」ですが、明治時代を迎えた後、一気に消滅します。 産業革命で大量生産・効率化に成功したイギリスをはじめとする西洋の国々に取り込まれないために、日本も富国強兵策に。教育システムも「大量一斉授業」「強制就学」へと方針が転換されました。 その結果、事実上「寺子屋」は廃止されました。 この時期、この教育伝統を守りたい人たちにより「寺子屋一揆」という事件も起こりました。さらには、隠れキリシタンならぬ「隠れ寺子屋」なるものも存在したそうです。 そんな寺子屋ですが、そこでどんな教育が行われ、どんな効果があったのでしょうか。 またその教育から私達が今、学べることは何でしょうか。 今回は、江戸時代にタイムスリップして、これから先の時代を生きる私たちの成長へのヒントをもって帰りたいと思います。 「入学時期」は、神様の手から離れた時?! 江戸時代では、子供は7才までは「神の内」と言われていました。医学がまだ発達していなかった当時は、乳幼児の死亡率が高かったからでしょう。先ず7歳まで育ってくれれば奇跡_と思われるほど、その年齢までは、親は子供を神様に委ねているような心境だったようです。そうしたことが、「七五三」として子供の成長を祝う習慣の起源になっています。寺子屋も、その歳が終わる7歳〜8歳が就学する年齢でした。そんな時代に思いを馳せると、今私たちが生かせていただけていることも「奇跡」と感謝するべきですね。 教育内容が実用的だった! 寺子屋の先生は「師匠」と呼ばれてました。寺子と師匠は「師弟関係」。子供を預かる師匠は、生きるための知識を教え、寺子の「人間形成」が最終ゴール。「教科書」は、「往来物(おうらいもの)」と呼ばれる手紙集でした。例えば、貴族間の手紙では知的なことを学びます。農家の子供には「農業往来」、職人や商人の子供には「庭訓往来」、幼児には絵本の「往来物」が存在し、寺子に合わせた教科書が選ばれていました。また、師匠が寺子の生活環境に合わせて編纂したり、更には自ら執筆し、その結果、7000種もの「往来物」が存在したといいます。素晴らしい! 識字率がスゴかった! そんな寺子屋時代、当時の日本人の識字率は何パーセントだったのでしょう?識字率は、今で言うIQや偏差値のようなもので、教育水準を計る指標として活用されます。現在、日本は99.8%。世界の国々もほとんどが90%以上です。では、150年前の世界はどうだったのかと言いますと、Londonは20%、Parisは10%未満だったそうです。そして、我らの”Edo City”は、なんと70%!!これを見ても、「寺子屋」という教育システム、「往来物」というコンテンツ、そして何より広くて深い見識と人間力をもっていた「師匠」の存在は超ハイレベルだったと言えますね。 寺子屋では、生徒も先生に! 寺子屋は、個別指導。でも、子供たちの間にパーティションはありません。寺子同士がそれぞれ机の対面に座ります。そして師匠は寺子全員が見渡せる場に位置してました。黒板などを使った一斉授業や等級別にクラス編成するやりかたは、欧米の教授法として導入された明治時代になってからです。寺子屋では、たとえ寺子さんの数が100人を超えても、その教育方法は変わりませんでした。クラスの中は、年齢も家庭環境も様々。先に進んだ子供がおくれた子供を指導したり、時には師匠が指名した寺子が教え手になる時もありました。こうした方法は、効率が悪そうに見えますが、個性を均一に仕上げるかのように行われている現代の「一斉授業」では得られないメリットがあるように思いますね。 「おやつ」の起源は、寺子屋から?! 寺子屋での授業時間は、「七つ習い(七ツ習ヒ)」と称し7時間でした。開始は午前7時半、昔はこの時間を「五ツ時」と言いました。そして、終了は「八ツ時」(現在の午後2時半頃)でした。寺子屋から帰宅する下校時間を「御八ツ(おやつ)」と称し、子供たちが空腹のまま帰宅して、夕食までのあいだの間食を「おやつ」と呼ぶようになったそうです。なんだか、平和で心あたたかい当時の日本の人間社会、風景が眼に浮かびますねぇ。私たちのご先祖様はそんな社会で人間形成され、私たちにこの国、そして命をつないで下さったのです。o(^-^)o 「スゴイ人間」が産まれた「スゴイメソッド」が! 今は、パソコン、携帯、デジカメ、CD-ROMにメモリースティックまで、メモリー(記憶/記録)しておけるメディアがたくさんありますね。当たり前ですが、江戸時代は全くありません。唯一あったのは「紙」でした。でも、とても高価なものでした。だから、当時の「記憶媒体」は、人間の「脳みそ」です。当時の人たちは、その「脳みそ」で、「往来物」や「孔子の論語」そして、語学は「蘭学」まで大量の情報を記憶し自らの知識にすることができました。で、それを可能にしたスペシャルメソッドがあります。それは、ズバリ「暗誦」です。 「暗誦」英語では「レシテーション “recitation” 」といいます。 これは、18ヶ国語を操ったシュリーマン氏(貿易商&考古学者)もこの方法で言語を学んだと云われています。 この暗誦という方法は、簡単です。ただただ繰り返して「音読」する。それだけです。 誰でもできます。 今の学習方法は、先ず「わかる」ことにこだわります。もちろん、それは大切です。でも、「わかること」だけにこだわれば、わからなくなれば諦めてしまいますよね。 例えば、英語の学習で言えば、英文法を論理的に完ぺきに「わかりたい!」と思ったとします。そこで、文法書で勉強します。そして英文法は、何パターンもあることを知ります。もぉ〜 何通りも「わかる」ようになる必要を知ります。最初はなんとか頑張るのですが、わからなければ、あきらめてしまいます。 でも、「暗誦」はちがいます。誰にでもできます。そして、やっているうちに「わかる」ようになる方法です。 今は、何より「わかる」にこだわる学習方法、つまり『わかる から できる』という学習パターンです。 昔はその逆、「できる」から「わかる」というパターンだったんですね。 だから、先ず、全員が「できる」状態からのスタートです。おそらく落ちこぼれも少なかったことでしょう。 […]